
概要
6月の?ザックリですので
サンスクリット表記は省略
テキストと併用でどうぞ
三蔵
経⇒釈尊(肉体の釈尊と限定しない)
律⇒釈尊( 〃 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・
論⇒釈尊以外の賢者が示す解説書・注釈書・・アビダルマ
律は二つに分ける。
○シーラ⇒戒律の戒
習慣性
酒を飲まない様にしよう!
嘘をつかない様にしよう!
自律的だ
○ヴィナヤ⇒戒律の律
酒は飲んじゃダメ!
⇒酒を飲んだら罰則
嘘はついちゃダメ!
⇒嘘をついたら罰則
出家者のルールでペナルティ有り
教団のルール(各宗派の宗制のような・・)
他律的だ
・・・戒≠律・・・
ってことは、是名持戒?はシーラをたもつ?
なんとなく・・たもってないような・・
で・・
涅槃=ニルバーナの復習
ニルバーナの語源はニルバーチ(吹き消す)
これの過去形がニルバーナ
メラメラ燃える煩悩(薪)の火薪を燃す・燃えてる炎を吹き消した。
でも、火は消えても、薪が残っている状態。
この薪は着火しやすい!
見張っていなければならない!
この見張っている状態が、
不放逸な状態のこと。
無明を滅(ニローダー=制御)した状態。
不放逸な状態を強制的に造る(習慣性)・・
これ、朝夕のお勤め(読経など)
これはシーラだ!(戒をたもつ行動)
と言う訳で、教団ルールだえけでなく
習慣性も必要となる状況が有る。
☆方便(ウパーヤ)
諸仏・諸菩薩が講じる、救済手段
ヒロサチヤさん
衆生が彼岸へ行く方法に方便を使う?とな・・
でも、正論は・・説かれていることは・・
彼岸からこちらへ接近してくださっている。
こちらで示してくれている。⇒八正道
何を?・・
此の岸から彼岸へ行く方法は如何んなでもOKだ!
釈尊を医者に例え・・
『治療=方便』≠『健康=真理』
健康=真理(ニルバーナ・涅槃)・・得るもの
治療=方便(ウパーヤ)・・真実の救済手段
☆大蔵経(一切経)と言うが・・
三蔵全部を収めているから『大』がつくんだよ。
中身は
肉体の釈尊が全部を説いていない
肉体的釈尊の口から出た肉声だけではない。
このフレーズ
「なんであれ、(誰が説いたとしても)良く説かれたものは仏説である」
キリストや神の言葉とは違う
明治Religion(レリギョン) 宗教と釈される。
この時の日本の学者は・・
西洋かぶれ・キリスト教かぶれ
西洋目線・キリスト教目線
神の声とブッダの声を同類的にしちゃう。
なので、肉体のブッダの声や示したもの以外はねつ造だ!という事にされてしまう。
福音書(エバンゲリオン/エヴァ+アンギリオン)・・イエスの言行録 イエスをキリストと置くのはクリスチャンならでは・・なのだ。
なので、仏教徒側は無理に同類項に置く必要も無い。
大乗仏教は仏滅後なので仏説では無い!・・となってしまう。
キリスト教的に、原始仏教だけだ!としてしまった仏教学の大きな間違え!
・・・・VS・・・・
なんであれ、善く説かれたものは、全て釈尊の直説である。
善説⇒仏説⇒今も現存する=如来寿量につながる。
これを事前に示す場所は法師品だ
・・・如来の仕事の代行・・
「私の代行を頼みたいのだ!」のくだり
妙法蓮華経法師品第10(ヤマダ超訳の抜粋)
如来の使いの話・・如来寿量品16へのつなぎだ!
その時、オシャカサンは、薬王菩薩氏との対話を始める。
そして八万人の悟りを求める修行者に向けて菩薩のありようを紹介した。
「なぁ薬王菩薩、アンタはこの大衆の中の数え切れないほどの天人・龍王・夜叉~略~人間や人じゃないヤツと、仏法に賛同した男性サポータや女性サポーター・良い行動をする人たち(男子女子)や、自己中の修行者・一人ボッチで頑張りながら悟ろうとしている(他人に説かない)賢者や求道が見えるかなぁ?」
実は・・
これらの者達が全員がだな・・、
仏の前で、法華経のワンフレーズ(一言一句)を聞いてだな・・、ほんのわずかな時間だったとしても「これスゴイ!最高に有り難い!」と喜ぶようだったらば・・、
・・私(オシャカサン)は、喜ぶことが出来る連中全員に対して、最上級の智慧を得て・・&未来世では『成仏確定だよパス』をあげよう。
・・とな・・。
続けてオシャカサンは薬王に語るのだ!
「また、如来(この場のオシャカサン=私自身)が歿した後、どっかの誰かが法華経のワンフレーズ(一言一句)を聞いて、ほんのわずかな時間だったとしても、れスゴイ!最高に有り難い!と喜ぶことがあったならば、・・私(没しているオシャカサン=私自身)は、そいつに対しても同様に最上級の智慧を得て・・&未来世では『成仏確定だよパス』をあげよう。
そんでもって、別のある人が、法華経を大切にして、心を込めて読んだり、解説したり、コピペしたりして残すだろうし、この経典を(堂内に祀り)、仏そのもの同様に~
~略~
講義で示された
「私の代行を頼みたいのだ!」は、ここ!
能々知ってほしいのだが、もし仏法に賛同した男性サポータや女性サポーター・良い行動をする人たち(男子女子)で涅槃を志す者達が、私がこの世を去ったのちに、たった一人の為にでも、法華経のワンフレーズ(一言一句)でも解説(菩薩行)していたならばね・・
間違えなくこの人は如来の使いだぞ!
如来から遣わされ、如来の事を行ずる役を担っている方だぞ。
何はともあれ、多くの人々が暮らす、この世間で、救いの手段を講じている者が居たならば、その人は「如来の使い」ってことなのだ。
授記 vyākarama(ヴィヤーカラマ)を受けた菩薩達が
いるぞ!
菩薩=覚りを得ることが確定した者
※覚りを求める修行者では、チョット足らない!
~以下略~
そこで、日本の葬儀は・・
善説であれば仏説である。⇒方便を使って日本(仏教徒)の衆生を救済する行為。
『マヌ法典』のなかに・・
三従説
自分が娘期なら父に
自分が嫁いでいれば夫に
男の子の子供がいれば息子に
・・に従う
きちんとした先祖供養(シュラッダ)が出来るのは家長(男の子)の居る家
インド
女性は弱し
されど、母親は強し(コレ・・男の子を生んでいれば!強し!)
男の子が生まれるまで、産み重ねる。一人じゃ不安!
・・人口増加中!・・
祈願を受けてくれる神様はシヴァにお願いする。=仏教では大自在天のこと
っで、シヴァ神の奥さんはヴィシュヌ
このシヴァリンガとパールヴァティーでの二柱の神で一人前!生命誕生の原動力
リンガとヨーニの図を説明。
奥さんの持つ力であるシャクティー(女性力)が重要だった。
☆昇天と生天
昇天=キリスト
イエスはキリストとして人々の悪業を背おって、十字架にかかる!
そして復活して昇天・・イースター
イエスがキリストだったことを証明。
生天=インド仏教
天の世界に生まれる。
ガウタミーの話では・・
インドでは、男の子を生まないと、離婚や死がまっている。
必死なカウタミーの心情。
死に出会ったことが無かった・・について
自分の問題と成るような死が、それまでなかった。・・という意味合い。
死を受け入れない(四門出遊のシッダルータ王の観た“死”と同じ)
悪しきサンスカーラによって死のギャップに苦しむ。
☆アートマン=SELF 自分自身
インド思想一般では・・霊魂・・肉体に宿ソレで・・入れば生で離れれば死
インド仏教では・・・・自己 / 自分(ここでは、ガウタミーの息子)
死なれてほしくない存在に、死なれてしまった!!
思い通りにならない=苦
生老病死は自然現象なのに受け入れられない!
インド仏教では・・・・自己 = ブッダターテゥ(ブッダのエッセンス)
漢字で表せないけど仏種
大般涅槃経で「仏性はアートマン」と説く。
Asti buddhadhatuh sarva sattresn ←スペルは誤記を未修正
一切衆生 悉有仏性
仏性説・・真言系では元来これだ
対して『~涅槃経』組⇒天台→天台分裂支派(日蓮系など)は『~涅槃経』を通して仏性説だ。
羅什は仏性説を知っていた。
~涅槃経以前には「(原文に)仏性説は無い」・・全くない!
羅什は仏性に繋がる「仏種」という文字を使った!
開・示・悟・入の「開」は「私たちが持っている仏知見を開か閉める・・」
このくだりも原文にはないのだ。
羅什が仏性をしっていたから追記されているのである。
シヴァ神へ戻る
当地は熱帯モンスーン気候
これは、破壊(災害)と再生を齎す。これを神格化してシヴァとなる。
余談 ジャーペーティ jhāpeti→荼毘
P101「薬の話を知っているよ!」の彼は優婆塞
この優婆塞は賢者
そう
ボーディー・サトバ・カーラヤ(表記は後ほど)だ
覚りを求める衆生だ⇒ボダイサッタ!
菩薩
初期は釈尊・・修行中の釈尊・元来固有名詞だった。
しかし
大乗になって一般名詞と成る。
釈尊を真似(学んで)て修行中であれば菩薩
そういう訳で、彼(この賢者)は菩薩だ
出家者の菩薩行は今までもあった。
此処では、在家者の菩薩行が見える。
ブッダ以外の仏教者が救済している・・この菩薩行が初期仏典にもあるということ。
菩薩行
まだ救われていない者が、
救われていないままに、
他の救われていない者を
救う業(わざ)
これ・・救いの無限連鎖
の講義がありました。